topimage スタッフォードシャー・ブル・テリア「さくら」の成長日記を中心に、大好きなラグビーやお酒についても書いています。

2017-11

5/2 被災地へ - 2011.05.08 Sun

今日のブログは被災地の写真を掲載しています。
被災地へ向かう車中から撮影したものですが、悲惨な状況がうかがえますので、見たくない方は飛ばしてください。







安比高原、弘前と観光をした後は私の実家へ。

私の実家は岩手県南の内陸なので、家自体の被害と言えば外壁が多少崩れたり、食器が割れたり。
その程度の被害で済みました。
本震よりむしろ、4月の前半の夜にあった余震の方が被害がひどかったとのこと。


4月の後半になって大船渡市の叔母に連絡したところ、
「家は全然大丈夫だったのに、買い物する場所が全部流されてしまって憂鬱」と、話していたので様子を見に行くことに

私の実家から大船渡までは被害の多かった気仙沼市と陸前高田市を経由します。

実家のそばの国道も被災地へ向かう救援の車やボランティア団体の車がたくさん往来し混雑していました。



気仙沼~陸前高田市へ向かう国道45号線は大きな橋が2本も津波で流されているので迂回して山の中の県道を通ることに。



山道を抜け、橋を渡ります。

この橋も津波が襲いました。
かろうじて通れるようになっていますが、欄干部分はまだ瓦礫が折り重なっています。
被災地


橋を渡るとすぐこの光景。
右側の木の後ろに鉄橋がグニャリと曲がって落ちているのが見えます。
ここから数百メートル川下には駅があったのですが駅舎はボロボロでした。
被災地1

この写真、川上から川下に向かって撮っているのですが、海は見えない。
直線距離で海から3.5キロほどのこの場所は川伝いに津波が押し寄せました。




大船渡市内の街。
国道沿いのこの辺りは、大きなスーパーや住宅が立ち並んでいたところです。
被災地2



一階部分が津波に押し流されつぶれた家。
行く先々でこのような家を何軒も見ました。
被災地3




陸前高田市は45号線の瓦礫が撤去され、車が通れるようになっていたので街の中まで入ってみることに。


ナイター用照明が残っています。
ここには市営の球場がありました。球場は全壊。そして海水が溜まっています。
地盤沈下と大潮の影響で道路のすぐそばまで水が来ていました。
カモメが何事もなかったかのように水辺に戯れていて、そのギャップに胸が痛みました。
被災地4


高田松原の近くにあったホテル。
陸前高田市内では一番大きなホテルだったはず。
市内で残った数少ない建物の一つ。ここも地盤沈下と大潮の影響で海に突き出るような形になっていました。
被災地5




去年の今頃、さくら父と立ち寄った道の駅。
一昨年も寄ったっけ。
あの時は、イベントしていて露店が出たり、イカの丸焼きや、ハマグリ、サザエの磯焼きみたいなのがいっぱい売っていました。

ここも、津波が飲みこみ、今では駐車場だったところが瓦礫の集積場になってました。
被災地6


地震の直後、よく放送されていた市内のスーパー。
この屋上に逃げて救助された人がたくさんいたんですよね。
被災地7



市内の国道45号線から国道340号線に入り少し走ると広がる景色。
川下から川上に向かって撮影しました。
果てしなく続く瓦礫の大地。川を伝って上る津波の脅威をまざまざと見せつけられました。

手前にはまだ撤去されていない車やタンクローリー。
被災地8



気仙沼です。

ここも海は見えないところにあるドラッグストア。
津波で流されただけでなく、ここでは火災も発生しました。
被災地9


まだまだたくさん車の中からシャッターを押しました。
どの写真も、今まで私が見た街ではなくなっていました。

子供のころ家族で海水浴に行った浜辺ももう跡形もないようです。

そして、夏には大船渡の叔母の家に遊びに行って港の花火大会を観に行ったりしたことを思い出しました。
あの時の港は全く見る影もありませんでした。


さくら父は「爆弾が落ちたみたいだ」と言いました。
本当にそう思うくらい瓦礫の大地が広がるだけなんです。

言葉にならない。
現実として受け入れるには衝撃が強すぎて、涙も出てきませんでした。

そう思うと地元の方々の気持ちはどれほどだろうかと。
高台の学校の校庭に仮設住宅を見ました。
皆が入れる仮設住宅を建てる場所はどこにあるのか?本当に厳しい現実です。

そして、果てしなく続く瓦礫の山はいつなくなるのか?
5年?10年?
復興へ!というのはまだ早い。だけど、前に進まないといけない。

問題は山積みだけど、実際被災地を見て何か手助けできることはないだろうかとひしひしと感じました。

被災地の皆さん。
どうかお身体だけは大事になさってください。

私たちの気持ちはいつも皆さんとともにありますから。。。。。。
スポンサーサイト

● COMMENT ●

西日本に住んでいる私からすると東北の様子は雪がまだ積もっていたりビックリする事ばかりです。
特に被災地の惨状は、、、
さくら母さんは地震前の事を知っているので本当にお辛いでしょう、、、
これからこれらの瓦礫撤去や新しい街づくりなどなど時間はかかると思いますが、皆さん、挫けずに頑張ってもらいたいです!!!
被爆し一時は惨状と化した街に住んでいる私としては切に願ってやみません。

ひどい。。。

これ、本当に日本の景色でしょうか。

これが元通りになるのに何年かかるのでしょうか。

菅総理大臣にここを歩いてほしいよ。

さくら家は生でみてきたんだもんね。

ここが再生される様子をまた伝えてください。

Re: タイトルなし

さくははさん

私も実際GWに雪が積もっているところに行ったのは初めてです!
岩手県出身なのに、スキーをしたことのないさくら母。
GWにあんなに雪が積もっていて新鮮でした!!!

被災地は
私が子供のころから遊びに行っていた街です。
実際に住んでいたわけではないので、被災した方や、被災地に実家のある方とは違うと思うんですけど、やっぱり、子供の時に家族で遊びに行った海水浴場や、お買い物をした街が跡形もなくなくなっていることに唖然としました。
TVで見てもショッキングだったのに実際に見て「津波ってこんなところまで来るの!?」
という言葉にできないほど驚き。

でも、さくははさんの言うようにさくははさんの住む広島は被爆し街自体が壊滅状態だったのに、今活気あふれる街になっているでしょう???
何度か広島に遊びに行って「原爆を受けた街。」という歴史を持ちながらも力強く成長し、活気ある街が大好きになったんです。
いつか必ず、今まで以上に活気あふれる東北に戻ってくれると私は信じています。
その手助けを少しでもできればいいな。と、今考えているところです。

Re: ひどい。。。

アレファラ・ゆがふ母さん

私たちも被災地に入るに当たり、心構えをして行ったんですけど、
TVで見るのと奥行き感が違うんです。
行けども行けども瓦礫の山。沿岸沿いをひと山越えると瓦礫の街、またひと山越えると瓦礫の街。延々と続いています。
愕然としました。

道路を通れるようにするだけも相当の労力が要ったと思います。
それの何十倍何百倍のがれきがまだまだそのままで、どうなるんだろうと。
更地にすることなんてできるんだろうか???と思いました。

まだまだ再建にはどれだけ時間がかかるのか見当もつきません。
だけど、実直な東北人の皆さんは地道に再建の道を進んでくれると信じてます。

何かお手伝いができるといいんだけど、、、、
とにかく今はこうやって現地の状況をお知らせするのが地元に生まれた人間の使命かと思って写真をUPしました。


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://sakurabiyori0412.blog51.fc2.com/tb.php/156-a734c5e0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

5/3 脱走! «  | BLOG TOP |  » 4/30~5/1 北へ!

プロフィール

さくら母

Author:さくら母
趣味:
愛犬さくらとのお散歩、ラグビー観戦。
好きなチーム:
パナソニックワイルドナイツ、NZ「AllBlacks」

2010年7月からスタッフィーの「さくら」と暮らし始めました。
最初は不安なことばかりでしたが、今はさくらとの毎日を楽しんでいます。
ラグビーファンの我が家。ときどきさくらも一緒に観戦に行っています。
日本酒大好きさくら家。
さくらも日本酒のわかる犬に成長しています。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

さくら (557)
ラグビー (69)
日々のこと (248)
ドライブ (5)
お酒日記 (20)
フラワーアレンジ (23)
未分類 (0)
ご挨拶 (1)

リンク

このブログをリンクに追加する

検索フォーム

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

義援金募集

FC2「東北地方太平洋沖地震」義援金募集につきまして